タバコをふかしている男性と目を合わせたぼくは、無言のまま会釈しました。

彼もまた、煙草を口にくわえたまま、小さく会釈しました。

彼の服装は、グレーのカラージーンズに、黒のピーコートというものであり、タバコ以外には何も持っていません。

まるで先ほどの地震が嘘のように、「ちょっとタバコを吸ってくる」といった出で立ちで、ぼくの目の前に立っています。

一方ぼくの方は、リュックに詰め込めるだけの衣類を詰め込んでいますし、どうやら無意識のうちに、周りにある財布や衣類を持っていたようで、両手いっぱいに荷物を持っています。

ぼくは、急に恥ずかしくなりました。

さっきの地震でこれほどまでに動揺し、荷物を持ち出す自分という人間が、ちっぽけな人間のように思われました。

恥ずかしさを覚えながら、タバコをふかす男性と、揺れ動く我が家を見つめました。

「すごかった、ですね。」

ぼくはそれだけ言って、男性の方を見ました。

「そうですね。」

彼はそう答えます。

「ぼく、あさって引っ越しなんです。まいっちゃいますよね、こんな時に地震が起きるなんて。」

「あー、そうですか。」

今振り返ってみれば、おそらくその男性も、かなり気が動転していたのだと思います。

ぼくとの会話など、どうでもよかったのだと思います。

ただ、ぼくにしてみれば、彼との会話は非常に重要なものでした。

何しろ、ぼくの認識の客観性を担保する人は、今のところ彼しかいないのです。

あの時に彼が、「別に大して揺れませんでしたよ」という一言を僕に投げかけたとするなら、ぼくは彼の言葉を丸々受け入れることができていたのだと思います。

それほどぼくの認識というのは麻痺していました。

さっき自分が体験した地震が、どの程度のものなのか、それを判断するだけの冷静さは僕にはなかったのです。



揺れ続ける我が家を二人でしばらく見続けていると、またしても、大きな地震がぼくを襲いました。

目の前の我が家は激しく揺れ、もはや自立しているのが不思議なくらいでした。

あの中にさっきまでいたのかと思うと背筋が凍りました。

しかし、それでもなお、今自分が置かれている状況がどれほどひどいものであるのかということは考えることができませんでした。

それにしても、なぜ目の前の我が家だけが大きく揺れ続けるのか。

それには理由がありました。

端的に述べるなら、ぼくが入居していたアパートは、鉄骨5階建て(一階部分駐車場)という構造であったことがその理由です。

4年前、合格の興奮冷めやらぬ中、仙台に行って新居の手続きをしました。

右も左もわからぬまま、アルバイトの人の助けに従って、大学に近く、部屋が広く、木造ではなくて、安いアパートを探すことにしました。

そうした条件を満たすのが、ひとつだけあって、ぼくはそこに住むことにしました。

木造でなければ地震には強いと思っていましたし、4階に住むというのは、なんだか都会人になったような気がして結構嬉しかったという記憶があります。

友達もおらず、さみしい大学生活を送りましたから、仙台にいる間のほとんどの時間をあの部屋で過ごしました。

ただでさえ引っ越しの際には、孤独の時間を共にしてきた友を失うような気がして、とてもさみしい気分であったのに、ぼくの部屋は、音を立てて揺れ続けているのでした。

鉄骨、5階建て、一階部分駐車場という、揺れる要素満開の部屋の中で過ごしたあの時間は、おそらくほかの被災者よりも大きな揺れを感じていたことと思います。

本当につらい体験でした。



揺れはちっともおさまらず、我が家に入ることはもう永久に不可能になったことを悟ったぼくは、携帯をチェックしました。

両親からメールの返信が来ていました。

ぼくは生きている旨を簡潔に伝え、電源を切りました。



ここからは、いかに電池を使わずに生活するかがカギとなりました。

そして、今日という日を一体どうやってしのぐかということを考えました。

凍死をしない程度の保温性を持ち、かつ地震によって倒壊しない建物を見つけ、さらには食糧まで手に入れる必要がありました。

ぼくは、近所にあって唯一食糧を手に入れられる場所である、セブンイレブンを目指しました。

しかし、ここから30分余りの間のぼく、そしてぼくの周辺にいた仙台市民の行動というのは、正常化バイアスにどっぷりつかっている状態なのでした。

それは、我が家の目の前にある高校の様子を見ても明らかなのでした。






「先生、なぜ私の目を見てくれないのですか」

「」

「私は先生という人がどのような人であるか、この一年である程度理解したつもりです。私の理解が正しいとすれば、先生は、口では厳しいことを言ったとしても、そうした態度を表立って表すことはない人なのではないですか」

「」

「わかりました。私が今言ったことが正しくなかったことを認めます。先生は、本当に話したくない人がいるとき、その人とは決して目を合わせず、どこか遠くを見るのだということを私は知っています。しかし、そうだとすると、先生は私と話したくないということになってしまいます。」

「」

「私は、先生に、何か嫌われるようなことをしましたか。確かに私は、先生に通常のメールより多少分量のあるメールを送っていました。でも、先生はその一つ一つのメールに返信をしてくれていたではないですか。とても先生らしい、簡潔なメールを、私に返信してくれていたではないですか。」

「」

「今回私が、先生を昼食に誘ったことも、私は謝るべきなのでしょうか。」

「」

「先生、先生が何もしゃべらないことは、私にとってひどく苦痛なことに感じられます。つらいのです。どうか、どんな侮蔑の言葉でも構わないので、私に何か言ってください。」

「」

「先生、さようなら」

「」

「さようなら、先生」

「」





新年あけましておめでとうございます。


今年は去年とは違った年にしたいです。

まずは、地震の経験回数を1回までとしたいです。

去年は200回くらい体験したような気がするので、ぜひ少なくしたいです。

それから、和志君に会いたいと思います。

具体的にどうやって会うかというと、大学院という、高等教育の極みの場を早々にドロップアウトした和志君が、放浪者となってぼくの実家にやってくるという設定が良いです。

ぼくがそういう未来をえがいています。

それからそれから、今年はしっかりと書くことに専念したいと思います。

書きたい気持ちを大切にしたいと思います。

一方でそんな時間はないと思うので、そろそろエッセイストにでも転身したいと思います。

ぼくはどうにもこうにも天邪鬼なので、勉強をしなくてもよいと思うと、世界史とか哲学とか文学とか興味が出てしまうので、困ったものです。

そうしてぼくは人生の大半を無為に過ごすことになるのでしょう。

常に、満たされていない感、目の前のことが邪魔くさく感じる感が漂っています。

和志君なんかも、やれと言われたら絶対やらないのに、やるなと言われるとすごくやりたくなり、常に「ぼくは終わった」とか何とか言っている終末思想の持ち主なので、ぼくと似たような傾向があるのでしょう。

その点けんたんは、常日頃から目指していた職業につき、週末には実家から野菜や灯油を強奪し、給料日となれば定時退勤して銀行に向かい、慣れた手つきでATMを操作し、記帳された給与を見てにんまりと笑う、日々そういう生活をしていますから、ぼくや和志君とは大きな断絶があるのです。

もはや世界は変わりました。

これまで絶対的弱者の座をほしいままにしていたけんたんが、ぼくや和志君といった陰険根暗集団から軽やかに脱却し、一人の小金持ちへと進化を遂げているのです。

ぼくや和志君は常に不満を持ち、常に満たされぬ思いを満たそうとして現実をすべてなげうち、そうかといって、すべての現実をすてる度胸もなく、ただわがままを言っているだけなのです。

めんどくさい男、うざい男、向上心のない男、黙っているのに急ににやりと笑うきもい男、そうした不名誉な形容詞をつけられ続けたぼくや和志君は、それを周りのせいにしているところがありますが、現実はそうではなかったのです

ただぼくたちがだめだっただけなのです。


そんなわけでだらだらと書いてきましたが、最後に一言





4月から、父親になります。




がんばります。







(この文章は一部フィクションです)





どれくらいの時間がたったでしょうか。

大きな揺れが、3度ほど続き、自分の揺れに対する感覚が麻痺してきたころに、揺れは収まってきました。

ぼくは、生きていることが信じられません。

ここは死後の世界にいるのではないかと一瞬考えました。

しかし、そうした考えをめぐらしている場合ではないということに同時に気づきました。

生きているのか生きていないのかは定かではないけれど、この場にただ佇んでいることは、ぼくがもし生きているのだとしたら、ものすごく危機的な状態であるように思われました。

生きているかどうかを判定する前に、生きているということを仮定し、自らの生を維持するために、ぼくは行動せねばならなかったのです。

まだ完全に揺れが収まりきってはいないものの、ぼくは瞬時に、ぼくのすべきことを考えました。

これからの生活に必要なことは、そのまま生の維持に必要なことになりますから、ぼくはさしあたり、ぼくの体温を奪われないようにするべきであると考えました。

そして、唯一の情報入手手段であり、かつ情報発信手段でもある、携帯電話を、どうやって長く使い続けることができるかということについて考えました。

ぼくはコンセントから携帯の充電器を引っこ抜いて、目の前のリュックサックに押し込み、ぼくの部屋にある唯一の窓を全開にして、自分の体の震えなのか、あるいは地震の続きなのかわからない目の前の状況におののきながら、タンスの中にあるニット素材の服を3着ほどひったくってリュックの中に突っ込みました。

そして、ぼくの持っているコートの中で、最も暖かいコートを手にとりました。
最後に引き出しの中から単三の乾電池を一掴みとって、4年間過ごした部屋から鍵もかけずに逃げ出しました。

建物全体がまだ小さく揺れ続けていますし、ぼくの部屋がある4階から、地上に降りるまでの間に、いつまた大きな地震が来るともわかりません。

ぼくが階段を駆け下りている間に、そうした巨大な地震が再び訪れた場合、ぼくの生命は維持できるのかどうかという疑念は起きましたが、ぼくはとにかく、建物から脱出することに全力を注ぎました。

降りて降りて、降りました。

ゆらゆらと揺れ続けるぼくのアパートは、土台基礎の部分が崩壊しているに違いないと思われるほどに揺れていました。

必死にぼくは死の魔の手から逃げました。

なんとか地上に降りついたぼくは、しかし、驚くことになります。

世界は、ぼくの建物以外の世界は、すでに日常を取り戻していたのです。

ぼくは一瞬状況が理解できませんでした。

目の前の築40年を迎えたであろう民家は、テレビのアンテナが転げ落ちた程度で、その形をとどめていますし、電柱も塀も、これまでぼくが4年間見てきたそれのままだったのです。

ぼくは事態がつかめないまま、ぼくのアパートを見上げました。

ぼくのアパートは、きしむ音を盛大にあげながら、その大きな体を、小刻みに揺らしているのでした。

そうした状況を見たぼくの視界の先に、一人の男性がタバコをふかしている姿がありました。


こうしてぼくは、あえて言うならすべての被災者は、正常化バイアスの罠にはまっていくのです。

そのときぼくは、そのことを知りませんでした、

ぼくはそのとき、ただこう思っただけだったのです。

「さっきの揺れは、ぼくだけが体験したもので、世間的にはそれほど大きな地震ではなかったのだ」

と。





まぁ最近は、いよいよ年の瀬ということで、一年も終わるわけです。

激動の2011年、誰にとってもそういえますが、ぼくにとっては、特に、本当にいろんなことがあった一年でした。

なんだか別の人生を歩んでいるかのようです。

あの地震で、ぼくはやっぱり死んだんじゃないかと思うときがあります。

もうこれは死後の世界なんじゃないかと。

あるいは、病院のベットの上で、本当はぼくは昏睡状態でいるんじゃないかと。

それくらいすべてのことが変わっていますし、割と生活が順調です。

そして、あの日までの生活と今のぼくが分断されています。

生きた心地がしない、そういう言葉はよくつかわれますが、今年は本当に生きた心地がしません。

昔、ドラえもんの大長編で、ドラえもんのび太の夢幻三剣士ってのがありました。

その話は、ゲームソフトのような夢コントロール機があって、毎日の夢の中で、RPG状態で魔王を倒したりできるというドラえもんの道具が発端となって始まります。

最初はのび太やその仲間たちもたのしくその道具を使っているんですが、そのゲームソフトの中の敵、ラスボスみたいな奴が反乱を起こすんですね。

どういう反乱かというと、現実世界と夢の世界とをひっくり返してしまうという反乱です。

つまり、ゲームソフトの中の世界が現実世界になってしまって、今ある現実世界は、のび太が眠りについたときの夢の中の世界になるわけです。

その、夢の世界の住人と現実世界の住人の間で巻き起こる、現実世界の奪い合いの物語、ぼくは小さいとき、意味が分かりませんでした。

ちょっと抽象的すぎたんでしょうね。

今ならあの話、背筋が凍るような思いで見ることができることと思います。

あの話と同じ感覚がぼくにはどこかにあるんですね。

最近は朝起きた時、夢の内容をさっぱり覚えていなくなりました。

大学時代は、本当によく夢の内容を覚えていて、時には一日中夢の内容にとらわれて過ごしていた日もあったというのに。

もしかしたら、3月11日を境に、ぼくのそれまでの現実世界というのは、夢の世界にとって代わり、もはやその存在もなくなってしまったのではないでしょうか。

だから、夢をの内容を覚えていないのではないでしょうか。


一方で、ぼくが一番最近にどんな夢を見たかと言われれば、やはり地震が来る夢です。

地震におびえている夢です。

それを考えると、やはり、ぼくの現実世界と夢の世界が入れ替わってしまっていたとしても、ぼくのかつての現実世界では、地震が起こっていたのかもしれません。

どちらにしろ、今現在現実世界だと思っている世界でも、夢だと思っている世界でも、なかなかいいことが起こりません。

どちらかは確実に夢なんだから、もう少しいいことがあってもいいのになと思う今日この頃、無事に2012年が来ることをお祈り申し上げて、本日の讒言を終わります。






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